いつの間にかたどり着いた酒場で酒を煽る。
旨くない。
立て続けのアルバイトのおかげで豊かな懐を思い浮かべ、少し良い酒に変えても同じだ。
宿に残してきた、サンジが用意した酒とつまみが頭をよぎる。
あれは美味そうだった。
そう言ったら、美味そうじゃなくて、美味いんだ、なんたってこのジェントルコックが作ってんだからな!と、胸を反らすだろうサンジの姿まで浮かび、頭を振る。
美味くもなく、酔わせてくれるわけでもない、ただ強いだけの酒を次々と空にしていくと、さすがに思考力が鈍っていく。
そのどんよりとした頭の中に、再びサンジの声が響き苦笑する。
『ゾロ!』
たまにこうして呼ばれた気がすることがある。
そんなとき、いつだって遠くない場所にサンジがいる。
捕まえて、呼んだか?と問うと必ず否定するけれど、後でこっそりと、本当はてめぇのこと考えてたんだって、秘密を教える子どもみてぇな顔で笑うんだ。いつだって。
今のは?
今のは、本当に気のせいか?
酒場を飛び出し、サンジの気配を探る。
向かった先にはメリー号が碇泊していた。
キッチンの扉に手をかけたとき、そのときは確かにサンジに会うことしか考えていなかった。
それ以上を考えて追ったわけではなかったというのに。
グラスと手で隠れた薄桃色に染まった頬。
嚥下する喉仏か艶めかしい。
長い前髪の中で、視線が扉に向いた。
ひどくゆっくりと濡れたグラスがシンクに置かれた。
「なにしてんだ、酔っ払いマリモ。ホテルに帰れなくなったのか?」
殊更赤い目許が開き青い瞳が不敵に笑う。
「てめぇは人を悩ませて、ほろ酔い気分か。良いご身分だな、ええ?」
「飲んでんのは、お互い様だろうが!てめぇに文句言われる筋合いはねぇ!」
「おれが酒場で飲むのと、てめぇが女の家で飲むのじゃ話しが違ぇだろうが!なぁにが信用しろだ!
あげくは、あんな声で呼びやがって、何があったか包み隠さず言えんのか!!」
「言えるぜ。でも、そんな必要ねぇだろ。おれが何言ったって、おめぇに信じる気が無いじゃねーか。」
これは買っていいケンカじゃない、そう警鐘が鳴り響くのに、止めることができなかった。
火に油を注ぐように、ゾロを逆上させる言葉ばかりが、滑らかに口からこぼれ出る。
「だれが、てめぇなんぞ、呼ぶかってんだ。」
ゾロの拳骨がサンジの頭に炸裂した。
いつものケンカなら、絶対狙わない場所。
こめかみの少し上に狙い通りの衝撃が走り、脳髄が揺れる。反射的に繰り出した脚はゾロの鳩尾に埋まり、次の瞬間筋肉質な躯を壁までふっ飛ばした。
鳩尾を押さえたゾロが立ち上がったとき、
サンジは途切れそうになる意識をつなぎ止めるのがやっと、だった。