キスがしたい。
唐突にゾロの頭をよぎったそれは、何日経っても消えることはなく、ゾロは無意識にその対象者を目で追いかける。
キッチンで踊るように立ち働くキンイロ。甲板で魔女共にかしずくキンイロ。ギャンギャンと喚きながら、ルフィ達を追いかけるキンイロ。
「なんっなんだよ、てめえは!」
ゾロが遠くに追っていた姿が突如目の前に現れ、ハレーションを起こした。
「こないだっからジロジロジロジロなーに睨んでやがんだ!文句あんなら口を使え、口を!マリモ脳にはむじゅかちぃでしゅかぁ〜?」
ムカッ
「喧嘩しようぜ!」と言ってるかのようなちょろい挑発にも乗りたがった本能を抑えて、ゾロは周囲を見回した。
額にグリリと突き刺さったサンジの指を柔らかく掴み、ツーッと撫で降ろした。
「ちょ・・・」
へにょんと眉尻を下げたサンジの腰を抱き締め、頬を寄せる。
「ゾ・・・ロ・・・」
喧嘩したがっていたはずの矛先はあっさりと鳴りを潜め、サンジは両手でゾロのシャツを握り締めた。
頬を啄み、正面から鼻と鼻を付き合わせる。
上唇を挟んでリップ音を響かせると、緩んだ口を塞ぐように接吻けた。
久々に味わう薄い唇の柔らかい感触は、ゾロの背筋をゾクゾクと痺れさせる。
夢中になって、腔内に差し入れた舌は、歯列を割り、歯茎をつつき、逃げる舌を追い絡めて吸い上げた。
ドン!
シャツを握りしめていた両手が、ゾロを押しやる。
しまった、まだ早かったか、とゾロが我に返ったときには、真っ赤になった顔を伏せるようにしながら、サンジは走り去っていた。
もう少し、我慢が効くと思っていたんだけどな。
後悔がゾロに伸し掛る。
セックスしたくないんだ、と泣きそうな顔で呟いたサンジに、待つと、惚れてるから待てると、大見得を切ったのはまだほんのひと月前の話だ。
自分は淡白な方だと思っていた。
それこそサンジのように女の胸もケツもさほど興味はないし、溜まれば抜きに行くがそれだって自慰より楽だからプロに任せるだけだった。
接吻も、セックスの手順のひとつとしか考えていなかったんだが。
サンジと試すことになったとき、交わしたキスはただの唇の接触とは思えない感触と、脳髄を揺するような衝撃を与えた。
あのときから、おれはサンジに夢中になっている。
好意を向けられれば舞い上がり、嬉しい反面閉じ込めたくなる。
ひどい抱き方をしているくせに、青褪めた顔を見ればむかつくし
優しく抱いては、イイ声を上げて身をくねらせるその姿態を他人にも見せたのかと腹立たしくなる。
知らなかった感情が押し寄せて、それをやり過ごすのに精一杯のおれは、サンジがなぜあんなことをしていたのか、それを聞くことができないでいる。
サンジはおれ以外の男にも抱かれていた。
身売りとも思えないが、男漁りするようなヤツじゃない。なにか理由があったに違いない。
そうは思うものの、詳しいことを知るのが怖い、それを知ったとき、自分にどういう感情が生まれるのかそれを知りたくなくて、先延ばしにしているんだ、おれは。
聞いてやったほうが、癒せるのかもしれない。
夜中、何度もうなされて飛び起きるサンジを知りながら、踏み入れることができずにいるおれは自分勝手だと思う。
慟哭のゾロ視点になります。
慟哭は、サンジ視点で書いたため、ゾロの感情置き去りだったのですが、それを少し触れてみたいと思います。
慟哭本編は完売しているため、未読の方にもわかる程度にはネタバレしていくつもりですが、サンジの感情は置き去りになります(すみません)
ゾロと一緒に、サンジに向かって手を伸ばしていただけるとありがたいです。