何かの始まり B-4

楽しげに降りていく仲間を見送る。

 

島での船番は嫌いじゃない。

サンジの作る飯は何でも美味いが、すぐに補給できる場で、

留守番役のためだけに、好みに合わせて作られた食事は格別だからだ。

どこの波止場のどんな食堂より美味いもんが食える、船番の特権だ。

 

長時間になるときは、大抵途中でサンジが来て

次のメシを作ってくれるのを、待ち構えて抱き寄せるのだが、今日は来る気がないらしい。

明日の朝の分まで出来上がっているメシを見てため息を吐く。

 

あいつが言い出せないのなら、おれから言ってやろう。

 

ただ、思い続けることは止められない、それ位は許せよ。

 

そんな気分でさえ美味く感じられる夕飯をたいらげ、

酒を持って見張り台に登る途中、近づいてくる仲間を見つけた。

 

「お!剣士のにいちゃん、ちと降りろ!」

 

大男が甲板に登ってきた。

できれば、今おめぇとは会いたくなかったな。

 

「よぅ、どうした?フランキー」

 

「あのよ、おれ様のスーパーな直感が、おめぇさんらには話し合いが必要だと告げている。

 と言うわけで、船番変わるから宿に行け。コックのにいちゃんと同室だ。」

 

早く別れろってことか?

 

渡された鍵を握り締める。

船を降りるとウソップが待っていた。

 

「酒場にいたんだけどよ~、

 突然フランキーが思いついた細工がしたい、ゾロと変わってくる、なんつってよ~。

 あいつまだおまえの方向音痴わかってねーのな!」

 

「あぁん?」

 

「なんだよ!?ホントのことだろう~、迎えに来てやったんだぞ~!」

 

「ちっ、サンキュ」

 

「おう!遠慮はいらない!たっぷり感謝しやがれ!」

 

ふんぞり返るウソップの後頭部を小突く。

 

「それほどじゃねー。」

 

「ちぇっ、一番迷子っぷりをわかってないのは、やっぱ本人なんだよな~!」

 

宿屋の一階が酒場になっていて、たどり着いた途端、チョッパーが転がりだしてきた。

ルフィが騒いでいるらしい。

ウソップが慌てて飛んで行くのを少し後ろめたく見送り、渡された鍵の部屋へ向かう。

 

ガチャン、ギギィッと派手な音を立ててドアが開くが中からは誰何も無い。

 

部屋に入ると、サンジはソファー でうたた寝をしていた。

風呂上がりの濡れた髪なのに、しっかりスーツを着込んでいるのが可笑しい。

テーブルの灰皿には形を保ったまま灰になったタバコが乗っている。

起こすべきか、ベッドに運んでやるか、と迷っているとうっすらと目を開けた。

 

ぼんやりした碧眼がおれをとらえ、ふわんと微笑んだ。

 

「ゾロだ」

 

差し出された両手に導かれるように痩身を抱き込んだ。

 

 

おれのものだと思っていた。

これを手離さないといけないのか?

 

思わず腕に力が入り、腕の中の体がハッと身じろいだ。

背中に回っていた腕が解かれ、体を押し返される。

ペタンとおれの頬に冷たい手が当てられ、両頬を思いっきり引っ張られた。

「いてーっ!何すんだ、このタコ!」

 

「タコはてめぇだろ!!ハゲ!」

 

「ハゲてねぇ!アホアヒル!」

 

「あぁ、いや、夢かと思ってよ。」

アヒルは良いのか?ストンとテンションの変わるサンジに置いてけぼりを喰らった気分だ。

でも、こういう応酬も久しぶりだな。

 

単に手放すわけじゃないのかもしれない。

 

元の関係に戻れるなら、いいのかもしれない。

 

「そういうときは自分の顔でやるだろ、普通。」

 

「ヤダよ、いてぇじゃん。」

 

「勝手なヤツ」

 

「ふふん。で、てめぇは?船番変わったのか?」

 

「あぁ」

 

「メシは?」

 

「食ってから来た。美味かった。」

 

「そか。」

 

なんと切り出せば良いのか、頭の半分で考えながら反射的に返事をしていたが、こいつ笑ってないか?

「ご馳走さん」

「おう」

やっぱりそうだ。メシの話題だからか?くわえ直したタバコで隠してるが、頬が緩んでやがる。

「あれ、また作ってくれ。味噌漬けの。」

パッと顔を上げたのに、すぐ俯いちまう。

なんで、隠すんだ?

寝ぼけてたときはあんなに良い顔で笑ったのに。

顎に手を差し込み、上向かせようとすると、ビクッと体を竦ませる。

 

「あ・・・あぁ、やんの?」

 

スッと立ち上がり、上着に手をかけるのを遮る。

 

「いや、いい。もぅ、やんねー。無理しなくていい。」

 

眼を見開いて見返してきたかと思うと、眉根をギュッとひそめ、眼を瞑る。 

 

「やっても、やんなくても、てめぇが好きなこ」予備動作なしで横っ面を蹴り飛ばされる。

「とうとう本命に告白すんのかよ、おめでとさん!

 けどな、おれを練習台にすんじゃねーよ!!」

 

鼻息荒く叫ぶサンジが何を言いたいのか全然わからない。

ここで殴り返したら答えは得られない、と腹に力を入れ、怒りを流す。

 

「何を言ってる?

 おれはただ、おまえがいつもいかねーし、ヨくないなら無理するこたぁねぇだろうと。」

 

「あぁ、そうかい。

 イったら淫乱扱いで、イかなきゃお払い箱かよ。どんだけ勝手なんだよ。」

 

「淫乱?」

 

「そうだよな、所詮身代わりだもんな、好き勝手言えるよな!クソ。

 おれがいつもどんな気持ちでコントロールしてるかなんて興味も無ぇよな!!」

 

「身代わりってなんだ。おれはてめぇに告白したんだろ?」

 

まだ長いタバコをギリギリとねじ消したサンジが低い声で答えた。

「したぜ。人違いでな。」

 

「人違いじゃない!おれはてめぇに惚れてんだ!」

 

「うそつけ!なんで今更取り繕う?言ったじゃねぇか、なんでおれなんだって。」

 

違う!朝、目覚めてから、単純に驚いたんだ。

 

「それだけじゃねぇ!!

 初めてンときだって、淫乱扱いして酷ぇセックスで。

 それからだって、おれにはこれっぽっちも興味無かっただろ。」

 

そんなこたぁない。嫌がることはしないように、気を使ってたつもりだぞ!

最初は、わかんねぇ、何をしたんだ?

 

「ちょっと待て!今まで言わなくて悪かった。

 覚えてねーんだ。おれは最初ん時何をやった?」

 

 

「は?」

 

無言で見合う。

 

「覚えて、ない?」

 

「あの日はちゃんぽんで飲みすぎた。」

 

「おまえが?

 おまえが飲みすぎって。

 記憶無くすって             ・・・ウソだろ?」

 

「本当だ」

 

「だって、それにしたって・・なんで今更。」

 

サンジは気が抜けたように、ふらふらとベッドの端に座り込んだ。

 

「問題ないと思ってた。悪かった。」

心から頭を下げる。

 

「おれ見て驚いたのは?」

 

「それは覚えてる。言った覚えが無ぇのに、おまえを抱いてて驚いた。」

 

「あぁ。それで・・・

 だからって、なんでは無ぇだろ。チクショ。

 ・・・・ははっ。

 バカみてぇ。

 じゃぁ、ホントにおれで良いのか。」

 

「てめぇが良いんだ。サンジ。好きだ。」

 

ずっと見たかったあの顔で微笑って、サンジが手を伸ばしてきた。

 

「好きだ、ゾロ。

 好きだ。好きだ。クソバカヤロー。

 ずっと、欲しかった!」

 

首にしがみついてきたサンジをひどく満ち足りた気分で抱き返す。

 

「悪かった。てめぇはフランキーが好きなのかと思った。」

 

「はぁ?なんで、また?」

 

「てめぇ、おれ相手じゃダメだろ?」

 

「あれは!

 てめぇがヒトのこと男娼扱いしたから!

 それ思い出して、達かないように気ぃつけてたんだ。」

 

「そんなことしたのか。」

酔った勢いでは済まされないことをしたようだ。

 

「そうだよ、クソヤロー。おれが後ろでイっちまって・・・」

後ろでイったのか、考えただけで鼻血噴きそうだ。

おれはこいつのイキ顔を見た記憶がねぇぞ。

そう考えた途端、ブツッと何かが切れたような気がした。

 

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