ラウンジの大きなテーブルに海図を広げたナミが、強張った肩を上げ下げしたらコキコキ音がした。クイッと首を傾げ、いつもと違うな、と感じた。
3日前に出立した島は大きく、南には美しい白い砂浜が広がり、毎日海水浴を楽しんだ。北には複雑なリアス海岸があり、海賊船を隠すにはもってこい。東は断崖絶壁で、珍しいアオミオオツバメが巣を作っているとサンジが浮かれて登っていた。
それぞれに楽しんだ島の形といい、それを取り囲む海流といい、描くのはなかなか手ごわく、まだ完成していなかったのだ。
『昨日も一昨日も、私が疲れたって感じる前にお茶淹れてくれたのにな』
ナミはペンの尻を唇に咥え、ぶらぶらとペン先を揺らしながら、キッチンの方を眺めた。
昼食を終えてからずっと、いや、朝食後からずっと下拵えしていたのであろうサンジこそ疲れていてもおかしくないのに、この上なく楽しそうだ。垂れ目気味の目尻は常より更に下がっているように感じるし、咥えただけで火を点けていないタバコを咥えた口元には、はっきり笑みが浮かんでいる。
「ふーん」
ナミが面白くない気持ち半分、おもしろくからかいたい気持ち半分で、声を上げる。
「あ!ごめん、ナミさん、そろそろ休憩するかい?紅茶入れようか。美味しいアップルティがあるよ」
「うん、冷たいのがいいな」
「じゃあ、ティソーダにしようか」
ニコッと微笑むサンジは、作業が中断されただろうに、心底嬉しそうにナミの世話を焼く。もちろん、甲板で読書か花の水やりでもしているんだろうロビンへの給仕セットも忘れない。いつも通りのようなのに……。
「上の空、なのよねえ」
勢いよくキッチンのドアが開き、汗だくの剣士が現れた。
途端、サンジが顔を顰めて怒鳴りつける。
「汗くっせえな!ナミさんとのスイートな時間に入ってくんじゃねえ!」
しかし、ナミからはよく見えたのだ。
怒鳴りながら隠した手元のチョコはバースデーケーキのプレートであることも、握りつぶした献立リストは朝から試行錯誤したのであろう剣士の好物ばかり並んでいたことも……。
ギャンギャンわめくサンジの隣で、言われた通り手を洗ったゾロが、ついでとばかりに顔まで洗う。
すると、こんなとこで顔まで洗うな!しずくが飛ぶ!と蹴りを入れながら、アップルティソーダのお代わりを持ってきたサンジにニコリと話しかけた。
「ほんっとに、サンジくんってゾロのこと好きよねぇ?」
ギクリと止まったサンジが、見事なほどうろたえる。
「な!な、なに、ナミさん!そんなこと!あるわけないでしょ!?」
「そーお?」
「そうだよ!おれがこの世で一番嫌いな生物だね!筋肉マリモなんて!」
ああ、また魔女にからかわれて……うんざりと二人を眺めていたゾロも、ぼろくそに続くサンジの悪口雑言に額に血管が浮かんだ頃。
ナミへ給仕しキッチンに戻ったサンジの口は止まらないのに、カウンターの陰で腹巻をキュッと摘まんだ。
ふっと口角を上げたゾロは、サンジの頭をガシッとつかみ、振り向かせる。
その口にガブッとかみつくようにキスをして、「今晩のメシ楽しみにしてるぞ」と不敵に笑った。
「このバカップル!少しは慎みなさい!」
「こいつをからかうてめえが悪ぃ!自業自得だ」
無口な男に言い負かされるほど悔しいことはない。
出て行こうとするゾロに向かってナミが片手を振りあげた。
「うっわー!ナミさん、インク壺は投げないで~!」
fin