Orange Blossom

ついつい夢中になって本を読んでいたら、深夜になってしまった。

もぅ寝てるかな~と思いつつ、キッチンの主がいたらラッキーと甲板へ出ると、暗い板張りの床に丸い灯りがさしている。

なら、ギンギンに冴えてしまった眼と頭を、すっきりリラックスさせてくれるお茶を淹れてくれるはず。

 

階段を上がりながら見上げると、緑の髪の毛が見張り台の縁に凭れているし、邪魔じゃないよね。

カチャ、とキッチンのドアを開けると輝くお花に囲まれたサンジ君。

 

「えっ!?」

 

「うわ、ナミさん!

 あああぁ~~ぁ、見つかっちゃった・・・」

 

「え?

 あ!!やだ、明日の・・・?」

 

「もう、今日だよ、ナミさん。お誕生日おめでとう!

 真っ先に祝わせてくれるなんて、最高だぁ。」

なんて、片膝ついて手にキスする真似をしながら。

 

こんな気障な仕草が似合うカッコよさもあるのに、ホント残念な人。

「ありがとう。

 それ見ちゃってごめんね、でも近くで見ていい?」

 

「どうぞ、どうぞ。

 こっちこそごめんね~

 おれが迂闊だったんだよ~。」

 

色とりどりのバラの花は飴細工だった。

親指の先位の小さなバラも、薄い花びらを何枚も重ねて作ってある。

摘まんだら潰しちゃいそうで、顔だけ寄せて見入っていたら、キッチンに立ったサンジ君が戻ってきた。

「カモミールとラベンダーのお茶をどうぞ。

 飴ももう冷めて固まってるから、触って平気だよ。」

 

「ありがと。」

はちみつかな、ほんのり甘い。

 

「これケーキに乗っけてくれるの?」

「そう。

 ごめんね、生クリームももう取っとけなくってね。

 フルーツも、ナミさんのみかんが頼りだよぉ。」

へにょんと眉毛を下げ、情けな~い顔。

 

私の好きなフルーツと生クリームたっぷりのケーキが用意できないのが悔しいのだろう。

船の上でフレッシュなフルーツやクリームが食べられるのは、島で入手してからせいぜい数日。

今は腐るのも早い夏島海域に入ったまま、次の島になかなか辿り着けないでいるのだから、

そんなの望めないのは当たり前だし、普通の食生活+宴会を用意してくれるのだってすごいことなんだけど。

 

「私が食べ頃選ぶから任せて。

 ねぇ、ケーキ作るとき見せてくれる?」

 

「えぇ!パーティでのサプライズがなんにもなくなっちゃうよ?」

 

「いいの!このバラが飾られていくとこが見たいわ。」

 

「では、デコレーションするときにお呼びします。レイディ。」

 

 

かしこまったお辞儀で見送られ、気持ちよく眠った翌日。

 

 

 

サンジくんに呼ばれ、キッチンに行くと、真っ白な大きなケーキができていた。

ホワイトチョコでコーティングされた硬質な土台。

さっき渡したみかんの半分は既に、その中のスポンジケーキの間に挟み込まれているという。

残り半分はペーストになって出番待ち。夕べ見た飴細工もバットに並べ、私が見やすいように、調理台ではなくテーブルに全て並べてくれている。

横に座って、サンジくんの淹れてくれた紅茶をひとくち。

 

金の髪の間からのぞく真剣な眼差し、でも、口元は微笑んでいる。

料理のときは、いつもこんな顔。きっと純粋に嬉しいんだろうな。

 

サンジくんは表情豊かなようだけど、感情が表情に現れるというより、

こう感じてる、と思わせるために表情を選んでる気がする。メロリン顔もチンピラみたいな顔も・・・

 

円錐型の紙でみかんペーストを包むと、ちょんちょんとケーキに等間隔な点を描いていく。

「水玉?」

 

「今はね。」

 

水玉が一周すると、スゥッと串の先で点の真ん中を切る、すると点々はハートの列になっていった。

 

「わ、かわいい。」

 

「光栄です。」

昨日のバラも次々と飾られ、合間にチョコとみかんのペーストで葉っぱや、蕾が描かれ、あっという間に、ブーケが出来上がった。

 

一流とはいえ、この人はコックのはず、パティシエじゃないよねぇ。

お酒だって、ソムリエやバーテン並だし、万能ね。

そういえば、ロビンが言ってたな。

グランドラインで長く航海している船のコックだって、未知の食材を見極めるのは難しいって。

まして、市場に定期的に買出しに行ってたレストランのコックが、

どうして、無人島や初めての海域の食材まで、毒の有無を見分けて的確に処理できるのかしら。

 

「ナミさん?疲れちゃった?」

 

お茶のお代りを出してくれながら、ボーっとしていた私を心配してくれる。

何にもしてない私が、どうして疲れるのよ。

 

「見惚れてたのよ。」とニッコリ笑ってあげる。

 

「えぇ~!惚れ直しちゃった!?」

「はいはい、惚れてないから、直しようがない!」

 

わかりやすくショボ~ンとしているサンジくんに広げた手の甲を見せながら話しかける。

 

「ねぇ、サンジくん。

 今度で良いんだけど、さっきのハート、マニキュアでやってくれる?」

「お安い御用さぁ!

 今日でも良いよ?あと30分もしたら粗方できるから。」

 

「ありがとう!

 じゃぁ、ベース塗り直しとく!何色にしようかな。」

 

私がはしゃいでるから?

サンジ君がすっごいうれしそうな顔で微笑んでいる。

これはきっと演技じゃない、素の表情だ。

 

 

 

 

少しラメの入った白を手足の指全部に塗った。

手が空いたサンジくんは、ちょっと手袋取ってくるね~と言うので何かと思ったら、手荒れした素手で触ったら痛いでしょ、って。

そんな華奢じゃないわよ。

最初こそ、ナミさんの手を握れるなんて役得だぁ~って騒いでたけど、握るどころか、最低限しか触れてない。支えてるだけ。

足なんて、遠慮を通り越して私の足汚い?って思うほど躊躇してた。

一喝して、跪いたサンジくんの膝に私の足を乗せる。

向かい合ってても怒らないのに、パンツが見えないように私と同じ方向を向く。

紳士なんだよね、普段のやらしいのはやっぱり演技、と思うのはこんなとき。

そうこうするうちに、私の手と足には白地にオレンジのハートが散った。

 

 

日が落ちる頃、甲板で宴会が始まった。

私の好物が並ぶ食卓、おいしいお酒、仲間の笑顔。

サイコーのバースディ!

白地にオレンジのハートと立体のバラが乗ったケーキが現れたとき、ルフィが言った。

 

「ナミの指とおんなじだな!すっげー」

 

見てたんだ!ルフィがネイルに気付くなんて期待してなかったのに!

 

「うっまそー!」

 

バクンとルフィが私の手を咥えた。

 

「ギャーッ!バカルフィ!何すんのよ!汚いでしょ!!!」

 

怒鳴りつけるのは成功。

あぁ、でも、心臓がバクバクする。

咥えられた手を引き抜いて、もう一方の手で胸元に引き寄せた。

顔が赤いのは怒りのせいだと、みんな思ってくれてればいいけど!

 

fin