年末に立ち寄った島は大きな商業都市だった。
貿易で栄えた港には大型蒸気船が連なって碇泊しており、麦わらの一味にとっては大きなサニー号でさえ、船と船の間で肩身を狭くしている。
「ナッミすわーん、ロビンちゃーん!新年になったら、港で酒と餅が振る舞われるってさー!」
買い出しとともに情報収集してきたサンジがもたらした話に、仲間は喜色を浮かべた。
大掃除の途中、手に手に雑巾やハタキを持ったまま、わらわらと甲板に集まってくる。
まだタオルに近い雑巾も中には混じっており、持たされているだけで掃除などしていなかったのがバレバレだ。
「ゴミも今日中に持って行けば、全部燃やしてくれるって。その火で雑煮も作るらしいよ。なかなか和風な島みたいだ」
サンジの言葉にゾロの眉が上がる。
ワノ国とゾロの故郷には似た風習が多いようで、閉鎖的な島と言っても流れた風習が根付いている島もある。ファーイーストを遠く離れ、シモツキとは何の関係も無いところで似た風習に出会う。面白いものだと思っていた。
それに、和風な島の振る舞い酒と言えば、米で作ったサケだろう。
ニヤリと笑みを浮かべたゾロを見て、ナミが眉を顰める。
「わっるい顔! 新年早々一樽くすねられないかなーなんて思ってんじゃないでしょうね?」
ナミの言葉にやれやれと言った表情のウソップが近づいてきた。
「絶対ばれないようにやってよね!ばちが当たるのなんてイヤよ」
「おいぃぃぃ!止めねえのかよ!」
「おら、てめえらアホやってねえで、スーパーに掃除終わらせねえと行かせねえぞ」
「ふふふ、そうね、サンジ、キッチンはあなた一人で本当に良いの?」
「ああ、普段からやってるから大したことないんだ。おれはお節作るのに時間を貰うよ」
「ヨホホホホホォ~~~! さぁ、あと少しです、がんばりましょう~! 皆さんのやる気がアップする音楽をお届けしますので~!」
「すごいな、ブルック! どんな歌だ?」
「チョッパーさん、あなたもご一緒に歌われますか?」
「あんた達も掃除するのよ!」
ナミの拳骨が炸裂し、ルフィが他人事のように笑い転げると、「あんたの雑巾キレイすぎるわよ!」とサボってた罰におまけの拳骨が落ちた。
ダイニングキッチンはサンジ、展望台はゾロ、医務室はチョッパー、図書室と女部屋をナミとロビン、それぞれが自分の城を受け持った。
階下のソルジャードッグシステムはフランキーが整備がてら片付けたが、兵器開発室やウソップ工場は、「モノの位置が変わるとアイディアがどっかに行く」という意味のわからない理由の下、そっとドアを閉じられてしまったが。
男部屋や風呂、トイレ等公共スペースはブルック、ウソップ、フランキーが受け持った。
「サ~ンジ~、なんか無いか~?」
「あ? どうした、ルフィ。掃除するとこはいくらでもあんだろ? 男部屋は終わったのか?」
「ブルックがやってるけど、大丈夫って追い出された~」
「アクアリウムは? おれワインラック周辺しかやってねえぞ」
「フランキーが居たけど、大丈夫って…」
耐え切れず、サンジが噴き出した。
ルフィの、どのチームからも遠慮(?)され、しかし遊んでいると怒られるという不憫な状況に気付いてしまったのだ。
「けどなぁ、こっちは買出しの前に粗方済ませてっからそんなに掃除するところ無えんだ。オーブンの中まで終わってるしよ。
マリモんとこ行ったらどうだ? バーベルやなんかなら、てめえもそう簡単に壊さねえだろ」
「おう!そうだな、行ってくる!」
何度か、展望台から激しい破壊音が聞こえたのと、ガラスの割れる音にフランキーが飛んで行く騒ぎがあった位で、大掃除も無事完了した。
キッチンの大テーブルには所狭しと大型の重箱が並び、粗熱を冷ましている。
それをチラチラと窺いながら、男たちがゴミを運んだ。
もちろん、ルフィは窺うだけじゃ済まない。
飛び掛かろうとするのを武闘派コックさんに蹴り飛ばされ、這って近寄るのを踏んで制された。
「腹減ったー!メシ―!」
「わかった、わかった。けど、お節は明日だ!」
ゴミを持たされたルフィは、ゾロに小突かれながら外に出て行く。その隙にサンジがやることは夕飯の支度ではない。
重箱をドンドンッと積み上げて、きっちり鎖を巻いて錠前を掛けた。
「大変よねえ、これコックさんのお仕事じゃないもの」
ため息混じりにナミが肩をすくめる。
「ふふふ。お夕飯はどうするの?」
「そうよね、0時のお餅も外せないわ」
「……そんな時間、私は遠慮するわ……」
「ダメよ、ロビン!縁起物よ!?」
「ははは、早いけど年越しそばを夕飯にするよ。それならトッピング次第で軽くなるし、お餅も一つ位良いんじゃない?」
午前0時を前に、港には大勢の人で溢れかえっていた。
サンジはその中から目当ての緑頭を見つけると、後ろから仰け反るほどマフラーを引っ張った。
「っんだよ!」
「汽笛だよ!」
「は?」
「この港、蒸気船だらけじゃねえか。0時になったら――」
サンジの言葉が終わらないうちに、ボーと言う音が鳴り始めた。あっと小さく呟いたサンジは唇をぶつけるような勢いでゾロの唇に押し付ける。
すぐに他の船からもボーッと言う音が鳴り、港は大音量の汽笛に包まれる。
頭上には真夜中の空を明るく染めるほどの花火が舞う。
群集のあちらこちらから新年を祝う歓声が溢れ、ハグとキスが満ちる。
どこからか、爆竹の音も聞こえる。
喧騒の中、ぴくりとも動かない二人に目を向ける者はいない。
「やべえ」
息継ぎのように少し離れた唇から、サンジがクスっと笑った。
「勃っちまった」
「……てめぇ」
ゾロが唸るよう声をあげ、サンジの痩躯が宙に浮いた。
軽々と肩に担ぎ上げられたサンジが慌ててゾロの背中をバンバン叩く。
「こら!おろせ!どこ行く気だ、アホー!」
「船に決まってんだろ!」
「逆だし!……いいのかよ、酒に、餅も雑煮もあんだぞ……?」
「こっちが食いてえ。どうせ、てめえが作った方が旨えしな」
ポポポッと酢蛸のように赤くなった頬をゾロの背中に押しつける。
「あ、酒も寄越せよ」
「……いいぜ。おれを満足させたらな」
「うっし、一回イカせたら一本な」
「え!ちょ、それは!おい!」
ナミが悪い顔と称した笑い顔より百倍悪い顔をしたゾロを見れなかったのは、サンジにとって幸せだったかも知れない……。