日に日にサンジがやつれていった。
料理をするのも、教えるのも喜びでしかなかった彼にとって初めての挫折と言えるかもしれない。
請われれば、いくらでも料理なり、菓子なりの手解きをしてきた、そんな経験などあざ笑うかのように、何一つ伝わらないのだ。
手取り足取りフォローし続けたものしか成功しない。
一歩ひいて、一人で作らせようとすると壊滅的な方向を辿る。
目の前で食材が無駄になっていく、その苦痛に耐えられなくて、サンジが手を貸しなんとかする。
お互いに自分を責めるだけで解決策が見つからない。
なにしろ、同じ説明を横で聞いている五歳の幼児・ウィンリーがマスターしてしまうのだから。
ソファーに沈み込んでいると、小さな足音が近づいて来た。
「サンちゃん、ママ出来が悪くてごめんね。」
「いいえ、リトルレディ。君の普段の食事はどうしてるの?」
「あのね、朝はパンとチーズでしょ。お昼と夜はお出かけするの。雨だったらリンゴよ。」
サンジが天を仰ぐ。
栄養はどうなってるのか!しかも、なんて不経済。そりゃ食い潰すさ!
「リトルレディ、料理は楽しいかい?」
「うん!好き!」
こっちを仕込んだ方が早いかもしれない・・・
いつの間に近づいていたのか、ナミが会話に加わる。
「サンジくん、喫茶店のお菓子は外注しましょう。夫人にはお茶に専念してもらって。
何年か後にはウィンリーが作れるようになるんじゃない?」
「そう・・・だね。でも、ナミさん、外注って言ってもどこに?街のケーキ屋を食べ歩くかい?」
「そうね・・・男どもは今日もバイト遅いのよね?」
この島特有の頑固な蔦をいとも容易く取り除いている姿を見込まれ、
暇なはずの男たちはあちこちの家から蔦除去を頼まれ、貴重な現金を稼いでいるのである。
ナミがくふんとサンジに笑いかける。
「いい考えがあるわ。サンジくん、悪いんだけど、小さ目なクッキーか何か作って貰える?
そしたら私たちも出かけてくるから、休憩してて。」
そして、翌日からお菓子教室が開催された。
チラシにクッキーをつけて街中で配った結果、あっという間に受講希望者が集まったというのだ。
「盛況ね、航海士さん。才能あるわ。」
「すごいでしょう!?試食が利いたわ~これを作れるようになるって思ったら女の子はグラっとくるわよね。 それにね、ローグタウンのコンテストの優勝記事とかね、ウソップがまめにスクラップしてたのが良い宣伝になったの!ほら、どっから見つけたんだか、バラティエ時代のインタビューまであるのよ!」
「あら、すごい。あの態度も航海士さんの仕込み?」
「ううん。よくわかんないけどメロリン自粛月間なんですって。」
「まあ。ちょうど良かったわね。」
「ホント!あれなら客寄せになるわ~もうリピート予約も入ってるのよ。思った以上に稼げそう♪
さっさとやれば良かった~」
「けっ」
部屋の片隅のソファーから忌々しげな舌打ちが聞こえた。
「あら、ゾロいたの?あんたバイトは?」
「今の家の大まかな蔦は剥がした。力作業は昨日で終わりだ。」
「あぁ、だから船長さん山に向かって行ったのね。」
「あら、そうなの。で、あんたはふて寝?どうでも良いけど、そろそろラウンジで試食会よ。どいた、どいた。」
「あ?席足りねーほどの人数じゃないだろ?」
「ばっかねー、奥さん連中があんたみたいの見たら、怖がっちゃうでしょ。」
「剣士さん、書斎にブランデーがあるわ。いかが?」
そのとき、キッチンから歓声が響き、ふんわりと香ばしいチョコレートの香りがラウンジにも流れてきた。
「それではマドモアゼル方、ティータイムといたしましょう。」
「完成したみたいね、行きましょう。」
ラウンジを出て階段を上がる三人の姿を、碧眼が追いかけた。
当人には、きゃーきゃーとけたたましいほどの女性達の声と、ひとつひとつに応えるサンジの声だけが届いた。