キッチンに入るや、サンジは「コーヒーでも淹れるか。」とおれに背を向けた。
それを眺めつつ、ラックから酒瓶を抜いてベンチ椅子の中央に座る。
猫背は出会った頃からだが、こんなに小さな背中だっただろうか。
偉そうにふんぞり返って、肩をいからせて、紗に構えてフフンと嗤う、そんな姿を見たのは随分昔のことのような気がする。
最近は、オドオドと小さくなって、おれを窺うような、困ったようなツラしか見てねえじゃねえか。
「おれが怖えか。」
サンジの背中に緊張が走り、ギギギッと音がしそうなほど機械的に振り向いた。
「おれが、なんでマリモなんぞを怖がらないといけねえんだ、アホぬかせ。」
まるで模範解答を読むような抑揚のない雑言。
ケンカ仲間としてこうあらねば、と決まった台本通りに動いている大根役者だ。
自分でも失敗したと思ってるんだろう、ふっと小さく笑うと、取り出した煙草をその口に咥えた。
「怖くねえ。」
くるりと、再び背を向けると、ポットとふたつのマグカップに湧いた湯を注ぎ始める。
パカンと音がして、コーヒーの香りが漂う。
挽いた豆をスプーンですくい、ちらりとこちらを振り返る。
おれも飲むぞ、と意思表示に頷くと、もう一杯をフィルターによそった。
おれのマグカップだって、用意しているくせに。
おれの様子を窺うな!機嫌を取ろうとしなくていいんだ!!
…湧き上がる理不尽な怒りに胸焼けしそうだ……。
コトン
鼻先をかすめたマグカップから立ち上る、まろやかな香りが脳へ染み渡る。
ざわついた気持ちがそれだけで、宥められていく。
料理人ってのは、すげえモンだな。素直に感心した。
サンジのカップも横に置かれ、短くなった煙草を持つ手が灰皿に伸びたのが目の端に写った。
「怖かったら、こんなに惹かれねえよ……。」
一瞬目を見開いたサンジは、噛み締めるように眼を瞑りふんわりと微笑んだ。
「うん。嬉しいなぁ。」
ほわぁっと頬に血の色がさす。
ちょうどサンジが好んでよく飲んでいるロゼワインのような色。
この顔をさせたかったんだ。
こんなことで良かったのか。
青褪めた顔色を疎んで殴っても、窒息寸前にさせても手に入らなかった顔色。
この顔に惚れたんだ、この表情で惚れられてると気付いたんだ。
いつからか見せなくなって躍起になった。
おれは、バカだ。