「そうだな……せっかくおまえがそんなこと言ってくれたのに、また嫌われるのは怖ぇな。
そりゃ、おれだって、好かれたくて…抱いて欲しくって…色々してたんだけどさ。怒らせてばっかだったじゃねえか。
それがなんでこうなったんだよ。分らなすぎて…動けねえよ…。」
コテンとテーブルに突っ伏したサンジの顔にかかるやわらかい金の髪を後頭部へと撫で付けてやる。
そんな些細なことでも、嬉しそうに微笑むから胸が痛い。
「混乱させたか。おまえのやりたいことをしろ。おれに媚びる必要はねえんだ。
そんなことしなくても、一回自覚した気持ちがそうそう変わりゃしねえ。」
「セックスしなくても?」
「しないからって嫌ったりするかよ。さっきのもやり過ぎだったか?」
「こんなんになっちまったのを自覚すんのはキツイ。けど、いらねーって言われる方が苦しい。ははっ、勝手だなぁ、おれ。」
自嘲するように笑って頭を上げるから、おれの手も自然と落ちた。すっかり冷めたコーヒーを啜る。
喉を湿らせて、湧き上がる不安を抑え込んで口を開く。
「こんなんってなあ、なんだ。」
同じようにコーヒーを口に運んだサンジがよどみなく答えたのは
「淫乱でスキモノ。」
ああ、やっぱり。
おれが言った言葉だ。
「あれは、おまえを抱いた他の男に腹ァ立てて言っただけだ。悪かった。」
「イヤ、ほんとのことだし、別に責めてねーよ。
……毎晩夢に見るんだ、お前以外の男の手が身体中を這い回る夢を。
自分で鏡で見ても、鳥肌立つもんな、気持ち悪ぃ身体……おまえを喜ばせられる身体になりたかったのになぁ。そっちの才能無かったみてえだ。」
サンジは胸元を掻き毟るようにワイシャツを掴んだ。
その手に何かひっかかりを覚え、シャツに両手をかける。
一気に左右に開くと、ブチブチブチとボタンが飛んでいった。
「うわ!なに!」
「てめえこそ、こりゃ……なんだ……。」
そこにあったのは、白い肌に無数に刻まれた引っかき傷。
すぐにシャツは奪い返され、胸元で掻き合せられたけれど。
「風呂で…擦り過ぎただけ、だ。」
潔癖な魂には、この白く清潔な肌が汚れて見えるのか。
「おまえはキレイだ、そんなことをする必要は無え。おれを責めないって言うんなら、自分を責めるのもやめろ。」
抱き寄せて、膝に乗せる。全身を懐に包み込むように抱き締める。
「おまえアホなんだから、考えすぎるな。」
「なんだと!」
「おれもバカだからよ、一緒に考えようぜ。」
「…なにを。」
「失敗を乗り越える方法か。すっかり忘れてもう一度始める方法でもいいかもな。」
「……。」
サンジの顔が埋もれた肩が、じわりと濡れていく。
「一人で悩むのはやめようぜ。」
小さく、でもしっかりとサンジの頭が縦に振られた。
固く、胸元を掻き込んでいたサンジの手が緩み、背中に回ったのがひどく嬉しかった。
翌日から毎日サンジの風呂に付き合った。
狭いだなんだと文句を言いながらも、『おれのモンだからおれが洗う』というとピタリと黙って真っ赤になった。
傷だらけの上半身――鏡で写った部分を衝動的に掻き毟っていたらしく、傷は胸部に集中していた――はみるみる癒えていった。
男部屋で寝るのを止め、どちらかが不寝番のときは見張り台で、そうじゃないときは格納庫で眠るようにした。
本来、沈黙が苦手なサンジは、昔のように思いついたまま喋るようになった。
ただ抱き締めているだけで、悪夢は見なくなったようだ。
おれもがむしゃらに我慢するのはやめて、触りたいだけ触ってみた。
最初は感じることを恥じているようだったが、段々と気持ちよさそうに身を委ねるようになってきた。
肢体を捩らせるサンジは色っぽくて、暴走しそうにもなったが、さすがにそれは我慢した。
セックスしか無かったおれたちは手探りで何かを築き始めた。