祭りの夜

祭りは、夜の山車舞が最高潮になる。
数台ある山車と船山車の一台ずつが組になり、お宮の前で競い合うように舞いを奉納するのだ。

サンジの山車は船山だ。
太鼓を基調とする山車の勇壮な調べとは違い、船山は鐘と笛を中心にする優美な曲調を特徴とする。
その中でもサンジが吹くのは御子笛だ。
船山に10人程乗り込む乗り子の子供達の中で芯となる役割で、一人生なりの着物を纏い、紅色の帯を船山の上から長く垂らしている。
船山はその名の通り、和船の形をした山車で、乗り子達はぴったりと閉められた障子の向こうで演奏するが、御子笛だけは一人正面に乗り込み、針路を切り開くように吹くのだ。

京の都の流れを汲むという伝説の通り、船山の調べは遥か古を思い起こさせる。静々と運ばれる船山の上で、きっと正面の宮を見据え、宮入りの調べを吹くサンジは、幽玄の美しさを湛えていた。
カメラを向けることすら忘れた聴衆からは、ため息一つも聞こえない。



…と。
突然、沈黙が破られた。
一斉に観客はそちらを向く。
参道から土煙と勇ましい掛け声とともに、もう一台山車が現れたのだ。
こちらは太鼓を中心とする、山。
要の若太鼓を叩くのは、ゾロだ。

場を譲った船山に替わり、荒々しく山は舞う。
担ぎ手達によってともすれば乱暴に跳ね上げられる山の上で、若太鼓は一つの狂い無く打たれ、むしろ興奮を煽っていく。
同じく生なりに紅色の帯を長く垂らしてはいるが、御子というより、合戦に向かう若武者のようだ。
振り落とされそうな程に担ぎあげられ落とされても、尚、周りの担ぎ手を鼓舞するように太鼓は響く。
否、狂気すら彷彿とさせる程に、鋭く鳴り響いている。

やがて舞には船山が加わる。
何tもあろうかという山車が互いに絡み合い、ぶつかりそうになりながら、舞う。
砂埃が舞う中、それぞれの山車の先端に座すサンジとゾロは、互いに目を離さず、挑み合うかのように吹き、叩く。
曲調もリズムも何もかも違う神への調べは、不可思議に調和して、夜の宮へと吸い込まれていく。







「あ~っ!今年もゾロにやられた~!!!」
汗まみれの頭をガシガシと掻きむしって、サンジは喚いた。
「今年こそは、レディの注目一人占めっ♪って練習したのに、あいつ入ってきたらみんなそっち見るんだぜ~」
ちくしょお!と喚くサンジに、ウソップがかき氷を頬張りながら宥める。
「まぁまぁ、あっちの方が音でかいしさ、目立つよ」ちなみにウソップはサンジと同じ船山の、鐘担当だ。「ゾロ、力任せに叩いてんだもんな、太鼓壊れそうだ」
ししし、と笑うルフィは氏子ではないので観客だ。
彼女のナミと、ウソップの彼女カヤを連れて遊びに来ている。
「い~や!レディはみんなゾロに持ってかれたね!くっそぅ、あいつに和服着せるの反則だよな。六年生になってますます分厚くなったし、日焼けしてああいう色の着物ハマるしさ。み~んな見とれてやんの!くそっ!」
足元の石を蹴っ飛ばして、サンジは立ち上がった。 「ちょっとゾロの奴シメて、なんかおごらせよ~っと」
「いってらっしゃ~い。次の出番までには帰ってこいよ」
ヒラヒラと手を振るサンジを笑顔で見送った後、ウソップは盛大にため息をつく。
「俺、このやり取り3年生からやってるぜ」
「諦めろ。中1まで乗るから、後1年はあるぞ」
ルフィはニヤリと笑っていう。
「ゾロに見とれてるの、サンジだよな」
「ああ。ゾロがめちゃくちゃ太鼓叩いてんのも、サンジに見とれてる客にイライラしてるからだろ」
あああ~いっそ早く二人ともカミングアウトしてくれよぉ~、と頭を抱えるウソップにルフィが追い討ちをかける。
「カミングアウトして、イチャイチャして欲しいのかぁ?」
「…俺の見えないとこで、なら」
一拍置いて二人で爆笑する。
「ところで、ナミとカヤは?」
ウソップが涙を拭きながら尋ねると、ルフィの顔が途端にどよん、とする。
「カヤが望遠で撮った写真を、今現像中だ。出来次第売るんだと」
「…それは、あれか?ゾロを切なく見つめるサンジ。とかか?」
「狂おしくサンジを見つめるゾロ、和服。とかもだ」
「…ごめんな俺の彼女、趣味がちょっとアレで」
「いや、ナミも守銭奴でごめん」
毎年屋台の裏でコソコソやっている写真売買が、固い絆になっている彼女達を思い、ウソップとルフィは深くため息をつくのだった。
終わり