「今日は大変な一日だった。」
晩酌中のおれの横に、自分の分もグラスを持ってきたコックが座る。
「昨日の島で仕入れたもんの処理が終わってねぇのに、午前中はすっげぇ暑かったし」
「あぁ、午前のおやつはカキ氷だったもんな。」
「そ。倉庫で即席冷凍庫になっててくれた氷の最終利用。うまかったろ?」
「おぅ。つぶ餡と抹茶な。」
「宇治金時っつうんだ。
んで、昼飯もサッパリと素麺のつもりだったのに茹でてたら、雪降り出しやがった。」
「素麺だったじゃねぇか。」
「温かかったろが。にゅうめんっつうんだよ。」
「あのつゆ、うまかった。」
「おぅ、おめぇ好みだろ。かつお節と干し海老で出汁とったんだよ。
ま、それはさ、冷たくても出汁は同じだったから良いんだけど、
サラダ仕立てにするつもりだったのに、あんだけいきなり冷え込むから、
蒸し野菜に変えて、そうしてる間にも素麺茹っちまうしさ。」
「そうか。」
グランドラインの天候の変化は激しい。
最初ほどでは無いにしても、今回のように夏島と冬島が隣接している場合、
海域が変わった途端に真夏から真冬へ変わる。
といっても、自分は昼寝中、肌寒いと思ったら半身が雪に埋もれていた程度で
特にどうとも思っていなかったが、
キッチンではそれに翻弄された男がてんてこ舞いしていたらしい。
「ナス美味かった。」
「ナスなぁ~、あと冬瓜、きゅうり、ズッキーニ・・・」
食い物を褒めると、憎まれ口を叩きながらも破顔するはずの男が
困った顔で昨日仕入れた野菜の名前を並べ立てる。
「根菜はともかく、ほっとんど夏野菜なんだよな。」
「まぁ、夏島だったからだろ?」
夏島で仕入れた野菜が夏野菜なのは、至極当たり前に思い、
コックが何を言いたいかわからない。
「夏野菜はさ、体を冷やすわけ。暑い気候で食うから体に良いのに、
こんな寒い状況で食わしたくないんだよね。
つっても、日持ちのする根菜を優先するわけにもいかねぇしさぁ。
特に今頃のナミさんに腹冷やすもんなんて出したくないわけよ。ホントは。」
「今頃?」
「そ。生理前じゃん。」
平然と答えるコックにブーッと盛大に酒を噴出してしまった。
「げっ!っんだよ。キタネーな。」
「おま!なんで、そんなん知ってんだよ!」
「はぁ?一緒に生活してたらわかんだろ-が。
あれ?知らなかった?
ナミさんは正確だし、いっつも痛そうだし、イライラしてるし、わかりやすいじゃん。
ロビンちゃんは前もってはわかんねーな。
その日になると、顔色悪いからわかるけど。」
「おめぇ、すげぇな。初めてエロパワーをすげぇと思った。
何の役に立つのかわかんねぇけど。」
「だから、献立に役立ててるだろうが!
今日だって仕方ねぇから、他のもんで体をあっためるようにはしてたんだよ。
ってか、エロパワーってなんだ!」
「あ~。それで食後の生姜か。」
「そ。生姜糖にジンジャーティ、メシも黒米と小豆入れて粥にしたろ?」
「腹ポカポカしてっぞ。」
「そか?そりゃ良かった。」
へへへと笑うコックがなんだかたまらなくいとおしくなって
襟足で遊んでいた手を肩に回し、抱き寄せると、
なんだよ、急に と嘯きながら大人しく肩に凭れて寛いでいる。
いつからだろう、とふと考える。
出会った頃のコックは、自分の仕事に関して愚痴のひとつも漏らすようなことはなかった。
女だけかと思ったら、全員に対してでれっでれに甘やかしまくって、
そのくせ、自分はちぃっとも人に頼ろうとしない。
構って欲しがっている顔はしてんのに、近寄ると毛を逆立てて威嚇する猫みてぇだった。
それが、いつの間にか、おれの膝の上で昼寝する家猫みてぇになった。
その思いつきに満足して、よいしょとコックを抱えあげて膝の上に乗せる。
「なに。甘えてぇの?」
「ちげぇ。てめぇが甘えろ。」
「くはは。そんなん言われてもねぇ。」
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「甘えろ」と来るとは・・・随分飼い慣らしちゃったもんだね~。
短い緑髪に指を絡めながらサンジが考える。
お互いに憎からず思っていることは割と早い段階で知れたのに、
相手との接し方がわからず、ともすればヤルだけになりかけ、セフレかよ!と切れた。
それに、狭い船の中、年長者二人が睦みあっているなどとチビどもにバレたくない。
そちらを制御すると、日中の喧嘩ばかりがひどくなった。
ある日、ゾロから猛然と怒りのオーラが立ち上り、
ウソップとチョッパーが怯えて呼びに来たことがあった。
鍛錬に行き詰ったのか、夢見が悪かったのか、結局原因は聞いていないが、
荒ぶる魂の鎮め方がわからず、イライラしているのはわかったから、ただ抱きしめてやった。
どれ位経った頃かすぅっと気配が静まり、ゾロが抱き返してきたときに決めたんだ。
自分の前では寛がせてやろう、と。
一方的に 寛げ、と腕を広げたところで来るようなヤツじゃないから
先に自分がこいつの前でさらけ出さねば、と。
素直の対極を生きているおれにとっちゃ、すっげぇキツかったんだが、気付いちゃいねぇよなぁ。
慣れちまえば居心地良いから、良いんだけどね。
ゾロの右肩から首の後ろに回していた腕の先で左耳のピアスをチリチリと鳴らす。
その腕に乗っけていた頭を起こし、右耳を甘咬みするとゾロが「こら」と苦笑する。
「疲れてんじゃねぇのかよ?」
「ん~、疲れてるよ?
だから、癒して?」
「善処する。」
グラスに残っていた半分ほどの酒をぐいっと呷り、おれを抱えたまま立ち上がる。
あ、皿・・・と思ったら言わずとも、空いた皿を流しに下げ、水を張った。
魔獣って言われた男なんだぜ?
ほんとによく躾けたよな、おれ。
fin